シリーズ2 短編小説1-3
帰国
佳奈は、飛行機の中で、ずーと彼のことを考えていた。
彼の名前は、フレデリック、4つ年上の37歳、独身。結婚歴はなく、子どももいなかった。
14年も長いこと交際していた彼女と別れてから、一人だ、と言っていた。
でも、「忘れよう、忘れよう」 と言い聞かしてアパートに着いた。
「さて、これから何を勉強していこうか、とりあえず就職しようか、
それとも、何か特技を身につけることに時間を費やしてから、就職すべきか」
と色々考えてみたけれど、何も思いつかなかった。
今まで、ウエブデザイナーとかも夢見たけれど、何か自分には難しそうだし、
英語やフランス語だって、会話が出来る程度で、こんなもの仕事に使おうと思ったら、
更なる学習が必要だ。
とりあえず、スーツケースを片付けよう、と思っていた時、電話が鳴った。
「誰かしら、こんな時間に?」 夜10時を回っていた。
「アロ~」 フレデリックだった!
「アロ~、サバ?」 佳奈は驚いた。
なんか、涙がでそうになってきた。
「もう終わりだと思っていたのに、私の帰る時間を見計らって電話をくれるなんて!
しかも国際電話!」
次の日も次の日も彼からの電話は続いた。
佳奈は、信じられなかった。
「どうして? こんな私に、こんな風に熱中してくれるのかしら?
彼は、あんなに魅力的で女性には困らないはずなのに」
佳奈は不思議で仕方なかった。
だから、ある時、率直に聞いてみた。
もちろん、そのフレーズは、辞書で調べて、ノートに書いて、何度も何度も口慣らしをした。
すると、フレデリックは、
「君が僕の求めている人だと、初めてみた瞬間からわかったから。
運命の人だってね。
若い時、占いの人に、僕はアジアの人と結ばれる運命にある、って言われたことがあるんだ。
その時は、フランス人の彼女がいたからそんなこと、気にも留めていなかったけれど、
君に会った瞬間、思い出したんだ、その時の言葉をね。
だから、僕は、君を離さないよ」
信じられなかった。
でも、毎日毎日、そうやって熱烈に口説かれるうちに、どうして良いか分からなくなってきた。
そして、ぼんやりと飛行機の切符なんかを眺めたりしていた。
そうしたら、急に、安いチケットが手に入るチャンスが巡ってきた。
それで、佳奈は、パリに行くことを決心した。
「とにかく、毎日、このままじゃ埒があかない。
もう一度会って、面と向かって話をしてみよう。
彼がどんな人なのか、私だって、もっと知る必要があるし。
それに、彼が本気でないのなら、もう電話はして欲しくない。
でも、もし彼が本気なら、フランスに落ち着くのも、ありかもしれない。
語学は現地で勉強するのが一番、というから、フランス語を身につけて、
そうしたら、パリで就職できるチャンスもあるかもしれないし。
日本にいた所で、友達らしき人は数少ないし、その人たちだって自分の生活で忙しいから、
あまり会ってくれないし」
友達はみんな結婚していて子どもの世話で忙しかった。
佳奈はとにかく、寂しかった。一人がイヤだった。
「なんで離婚したんだっけ」 と考えたりする。
でも、仕方ない。元旦那が中国人の女に騙されたんだ。子供ができたって言われて。
結局、嘘だったけど、その代わり、その中国人女は日本国籍を手にいれた。
佳奈の中国人嫌いは、この時から始まっていたのかもしれない。
勿論、みんながそんな女のようではないのはわかっているけれども、それでも、イヤだった。
「馬鹿な、ヤツ! まんまと騙されてさ。 あ~、でも別れて良かった。
初めは、あんな怒りっぽくなかったのにな」 と思ったりした。
だから、異性が付き合いを重ねていくうちに変わっていくのは、わかっていた。
おとぎ話は続かない、と身に染みていたのだ。
それにしても、佳奈は疎かった。
2年間も騙されていたなんて、後で知って悔しくなった。
ずっと疑ったことなんかなかったから、スマホとかメールとか、チェックなんてしたこと、なかったし。
ある時、洗濯物を干していたら、見慣れない靴下があって、
そのことを聞いたら、「あ~、あれね、お中元でもらってさ、仕事に行く時、自分の靴下のつま先がほころんでいたから、ちょうど良いと思って、それを履いたんだよ」
佳奈はまんまと、騙された。
そんな嘘をうのみにするような、うとい、うぶな佳奈だったのだ。
だから、騙されていた期間が2年もあったと後でわかった時、
佳奈の怒りは、凄まじかった。
とにかく、そんなこんなで、佳奈はパリへ行って、フレデリックと再会しようと決めた。